早期退職の損得勘定 第5回

企業年金──年金か一時金か、損益分岐点の計算


企業年金の受け取り方には、大きく2つの選択肢がある。毎年一定額を受け取り続ける「年金方式」と、まとめて一括で受け取る「一時金方式」だ。

どちらが得かは、一言では答えられない。退職所得控除の残枠、保証期間の有無、健康状態、そして「何歳まで生きるか」という見通しが絡み合う。

わたしの場合、会社の企業年金制度には性格の異なる2種類があり、「保証あり年金」は年金方式、「保証なし年金」は一時金方式と、あえて異なる選択をした。なぜ判断が分かれたのか。考え方と計算式を整理するので、自分の数字を当てはめながら読んでほしい。


まず「退職所得控除の残枠」を確認する

企業年金を一時金で受け取る場合、退職金と同じく「退職所得」として課税される。ここで重要になるのが、退職所得控除の枠だ。

控除額は勤続年数によって決まる。計算式はこうだ。

勤続20年以下:40万円×勤続年数

勤続20年超:800万円+70万円×(勤続年数-20年)

たとえば勤続30年なら800万円+70万円×10年=1,500万円。

勤続35年なら1,850万円。

勤続40年なら2,200万円が控除枠になる。

この控除枠に対して、退職一時金・確定拠出年金・早期退職加算金などをすべて合算した金額が収まっているかどうかを確認する。わたしの場合は控除枠とほぼ一致する設計だったため、税負担はごくわずかで済んだ(詳細は第2回)。

問題は、控除枠がすでにほぼ埋まっている状態で、さらに企業年金まで一時金で受け取ろうとすると、超過分に大きな課税が発生するという点だ。


一時金にすると税負担はいくら増えるか

控除枠が残っていれば一時金は有利に働く。しかし枠が埋まっていれば話は逆になる。

超過分への課税の仕組みはこうだ。

控除を超えた金額の2分の1が課税退職所得になり、そこに所得税・住民税が課される。たとえば控除超過額が1,000万円なら課税退職所得は500万円、税率20〜30%とすると税負担は100〜150万円規模になる。

わたしの例で言うと、保証あり年金を一時金で受け取った場合の課税超過額は数百万円規模になり、税負担は200万円超と試算された。一時金で受け取る前に、まずこの「税コスト」を差し引いた手取り額を正確に計算することが出発点になる。

手取り額の計算式はこうだ。

一時金手取り=一時金額-(控除超過額÷2×税率)


受取総額で比べる

税引き後の一時金手取りが出たら、次は年金方式の累計手取りと比較する。

年金方式を選んだ場合の年間手取りは、年金額から税・社会保険料を差し引いた金額になる。65歳以降であれば公的年金等控除が使えるため、実際の負担は軽い。目安として年金額の75〜80%程度が実質手取りと見ておくと大まかな計算ができる。

受給年数が決まっていれば(たとえば85歳まで20年)、累計手取りはこうなる。

年金累計手取り=年間実質手取り×受給年数

わたしの保証あり年金の場合、年間実質手取り約112万円×20年で累計約2,240万円。一時金手取りは約1,344万円。差額は約900万円で、年金方式が大幅に有利という結果だった。

ただしこれは「20年間受け取り続けた場合」の話だ。


損益分岐点を計算する

損益分岐点とは「何年受け取れば一時金より得になるか」の境界だ。式はシンプルだ。

一時金手取り ÷ 年間実質手取り = 損益分岐までの年数

この年数を受給開始年齢に足したものが「損益分岐年齢」になる。

保証あり年金の場合:1,344万円 ÷ 112万円 ≒ 12年 → 65歳+12年=77歳

この年齢を「現実的に超えられるか」が判断の分かれ目になる。健康状態がまずまずで、家族の長寿傾向があるなら年金有利。持病があったり、手元資金が不足していて流動性を重視するなら一時金有利、という判断になる。


保証期間が判断を大きく変える

年金方式を選ぶ際に見落としがちなのが「保証期間」の有無だ。

保証あり年金の場合、受給開始から一定期間(わたしの場合10年)以内に死亡しても、残余期間分を遺族が受け取れる。65歳から受給開始であれば、75歳未満で亡くなっても遺族への支払いが続く。早期死亡リスクがある程度カバーされるため、年金方式を選びやすい。

保証なし年金の場合は、死亡した時点で支払いが終わる。受給開始直後に亡くなれば、ほぼ何も受け取れずに終わる。この場合、損益分岐点の計算に加えて「早死にした場合のリスク」も織り込む必要がある。


わたしが保証なし年金を一時金にした理由

保証なし年金を年金方式で受け取った場合の損益分岐点を計算すると、88歳という結果になった。

これは現実的とは言えない。88歳まで受け取り続けてようやく一時金と同等になる計算で、しかも保証がないため途中で亡くなれば受取額はゼロになる。

一方、この年金の一時金額は控除枠の範囲内に収まっているため、受け取っても課税はほぼ発生しない。損益分岐点が非現実的・保証なし・ほぼ無税の一時金、という3点が揃えば、答えは一時金一択だ。


2つの判断をまとめると

保証あり年金保証なし年金
一時金課税大(控除超過)ほぼなし(控除内)
保証期間10年ありなし
損益分岐点77歳(現実的)88歳(非現実的)
選択年金方式一時金方式

課税の有無・保証の有無・損益分岐点の現実性、この3点を整理すれば答えは出る。自分の企業年金がどの組み合わせに当てはまるかを確認してほしい。


判断のチェックリスト

企業年金の選択に迷ったら、以下の順で確認するといい。

  1. 控除枠に余裕があるか → あれば一時金有利の可能性大。なければ年金有利の可能性大。
  2. 損益分岐点は何歳か → 現実的に超えられる年齢かどうか。
  3. 保証期間はあるか → あれば年金方式のリスクが下がる。なければ早死にリスクを考慮。
  4. 手元の流動性は十分か → 資産に余裕があれば年金方式の「資金拘束」デメリットは小さい。

わたしの場合、4つすべてが保証あり年金では「年金有利」、保証なし年金では「一時金有利」という方向を示していた。


次回(第6回)は、退職から65歳までの「空白期間」の家計設計について。収入が細るこの約3年間をどう乗り越えるかが、早期退職の現実的な課題になる。


<このシリーズで扱うテーマ>

第1回:定年前に会社を辞めた。──その決断までの話

第2回:退職金の税金──ほぼ無税にできた理由

第3回:健康保険の選び方──任意継続 vs 国保、どちらが安いか

第4回:失業保険と早期退職──就職するつもりがなくても、もらえる。

第5回:企業年金──年金か一時金か、損益分岐点の計算

第6回:65歳までの家計設計──空白期間をどう乗り越えるか

第7回:65歳以降の年金三階建て──収入の全体像を把握する

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